ステージが上がる。
この表現がキライです。

井手口雅恵です。

といっても、それは

過去に

人様のために生き

人様のために命を削っていたころの私。

セラピストとして活動をし

スピリチュアルにどっぷりハマった時代は

他でもない私が使っていた表現。
 

その時代があったからこその、今

【ステージが上がる】は 違うと言える。

 

人はみな平等で

人はみな同じ。

 

人はみな

地球という名の

同じ大きなフィールドに居る。

 

ステージが上がるのではなく

次元が上昇するのではなく

ランクが上がるのではなく

生きている場所が違うのだ。

 

肉体が存在している場所が違うのだ。

 

ステージが上がるのではなく

存在する場所が変わっただけ。

つまり【転居】です。

 

 

ずっと東京で暮らしていた人が

大阪へ引っ越してしまったら

なかなか会えなくなるように

 

 

同じ中学校へ通っていた友人が

それぞれ別の高校へ進学すれば

なかなか会えなくなるように

 

 

同じエリアや

同じコミュニティにいた人が

別のエリアへ移動すると

途端に会えなくなる。

 

 

日本にいた人が

他の国へ転居すると

なかなか会えなくなるように。

 

 

だけれども

想いはいつでも繋がっている。

 

 

必要な人とは

いつでも繋がっている。

 

必要な人は「必要だ」と

私が フォーカスすれば良いだけだ。

私の中の【想い】と

相手の中の【想い】とで

互いに想いあっていれば

ずっとずっと繋がっている。

 

互いに

糸を半分ずつ

同じ分だけ 手繰り寄せて

会いたいときに

会えるようになっている。

互いに 糸を引き合い 半分ずつ。

 

それが きずな。

 

絆っていう字は

半分ずつの 想いの糸。

 

勝ち負け なんて ない。

 

優劣 は、ない。

みんなが優秀で

みんなが劣っている。

誰もが強くて

誰もが弱い。

 

たまたま そのとき

違う場所で生きているだけ。

 

「ステージが上がる」という

表現が

好きでも

キライでも

どちらでもいい。