井手口雅恵です。

休日は、ゆったり過ごすと決めました。

「休む」を「決める」ことが、休むための第一歩。

長年染みついた私の癖は、常にアイドリング状態で
直ぐに行動できる体勢を取っていたんだなって思えます。

自然に「やろう」としてしまう。
考える前に、対応しようとして、身体が動いちゃうんですね。

私のカラダはずっとやる気スイッチONのままでした。

この歳になるまで。

疲れたよね。

私を休ませるのが「休日」。

スイッチをOFFにする。

そうやって、身体を休ませたあと
先週、職場へ出向いたのは、全体MTG。

二時間ほどスタッフとやり取りをしただけで、すっごく、疲れた。

特に、脳が疲労した感覚が顕著で
スタッフのみんなから「疲れたでしょう?」と声をかけられたから
よほど、疲れた様子だったんでしょうね。

「たった二時間打ち合わせしただけなのに、めちゃくちゃ疲れました」
と答えたら

全員が同時に口を開いた。

「社長。それが普通ですよ。(笑)」

頭を使うとこんなに疲れるんですね。
初めて知りました。(笑)

そろそろ紫陽花の季節ですね。

さて

休んでみて、解かることが、今更ながら、たくさんあります。

リラックスする方法が分からないから
力を抜く方法が分からないから

(気持ちイイところ。)

(気持ちイイところ。)って

ゴキゲン探しをしています^^

ゴキゲンがテーマだから、やりたくないことはやらない。

充分に休んでゆとりができたら
身体の疲れが取り除けて、脳がリラックスしていれば、
自然に隙間が生まれてくる。

「やりたくないな・・・」と感じていることも
時間が経てば、やりたいことに変わるから。

私の心地よさは私しか知らないから
私を取り囲む環境は
自分で心地よく整えるしか方法はないわけだから

やりたくないことも、自分に含まれる。
自分そのもの。

やりたくないときには、無理してやらずに
やりたくなるのを待ちます。

やりたくないことの大半は、面倒くさいことだったりする。

後回しにしたいことこそ
それをやれば、その先に心地よさが待っているのを
実は私が知っているからね。

こうやって

気持ちにも、時間にも、
ゆとりを持って生きられる喜びを
今更ながら噛み締めて、感じきってみる。

2000年に上京してから17年
ずっと住み続けているこの町は、緑がいっぱい溢れています。

自宅からそばの緑道を進むと、緑道沿いには
テラス席のあるCAFEが幾つかあって

お散歩をしていたら、お腹が空いてきたので
(そうだ!お腹が空いた私のカラダを満たし、喜ばせる美味しいランチをいただこう♪)

一時間ほど寄り道をしながら歩いて
CAFEの中でも特にお気に入りのお店へお邪魔しました。

テラス席の足元には、小川が流れていて
澄んだ水の中に、小さな魚が泳いでいるのが見えます。

小鳥の、様々なさえずりが聞こえてきます。

時々、私の髪に、そっと触れて
私の頬を撫でてくるのは、爽やかな5月の風。

(気持ちいいなぁ)
     ♪             ♪             ♪

「美しいお庭ですね。手入れが大変でしょう?」隣の席の方がそういって、お店の方へ話していました。

「庭木の手入れが好きみたいで、大変に感じないんですって。
主人がやってくれてるんですよ」

60代半ばくらいかな?CAFEの店主は優しい笑顔の女性でした。

テラス席を取り囲む植物たち。
オリーブの木。バラやクレマチス。

ココは、いつ訪れても植物たちがみずみずしく青々としています。

活き活きとしています。

(植物たちは エライなぁ)

黙って、何も言わず

ただそこに在るだけで、

私の心をこんなにも鎮めてくれる。

ただ、そこに存在するだけで。

音が聞こえなくても
言葉が話せなくても
目が見えなくても

ただそこに命を置いている。

刈られても
摘まれても
文句も言わない。何にも言わない。

種として運ばれたその場所に
根を伸ばし、与えられるものだけで生きている。

私はどうやって生きてきた?

多くが欲しかった。

もっと、もっと。
もっと、もっと。

得るために、外と戦っていた。

欲望を満たすための代償は
苦しみや、哀しみ、虚しさしか、なかった。

私以上に なりたがる 私。
私以下に なりたがる 私。

戦うべきは、自分以外の何者かになりたがる自分そのものだ。

私は私のままで。

ここに在りたいと思う。

これまでの苦悩の土壌に、根を生やし

ほほえみの花を咲かせたい。

臨戦態勢の生き方を辞め

「休む」を初体験している、新鮮な日々。